第参話 花の中で
五月の気持ちいい、お天気のいい日には、薔薇の咲く公園に行くのが好きでした。
そこにはたくさんの薔薇が咲いていて、わたしはいつも時間を忘れて、お花の周りをくるくると回っていました。白、赤、ピンク、だいだい色、黄色、サーモンピンク、ワインレッド……。ひと口に薔薇と言っても、色々な種類があるのだなあと、私は感動しました。花びらも、まあるいものもあれば、フリルみたいにひらひらしたものもありましたし、ハイヒールの先みたいに尖ったものもありました。
五月のおひさまは、とても甘美です。木漏れ日の下、わたしはひと息つきました。今日も、おひさまは美しく輝いています。薔薇もきらきらと輝いています。それはおひさまに照らされているからだけではなく、内側から匂い立つ輝きのようでした。ああ、すてきだなあ、とわたしはにっこりとしました。
「さあ、ぐずぐずしないで、きょうの仕事にとりかかりましょう」
働き者のおねえさんの声が聞こえます。はあい、とわたしは返事をして、薔薇の間をくるくると回ります。色鮮やかで、ひときわきらきら輝く薔薇を見つけたら、そっと止まります。薔薇たちから、そっと、甘い露のお裾分けをいただきます。
この季節に生まれることが出来て、ほんとうによかったなあ。私はサーモンピンクの薔薇のそばで、止まりました。わたしたちが、ここにいられるのは、あとほんのわずか。みんな、自分に与えられた時間をわきまえています。わたしたちの一生は、あの大きな家の中で始まって、全てはそこに帰結していくのです。
そして、また、次の世代へとつながっていくのです。わたしたちの、まだ見ぬ妹たちへ、命が受け継がれていくのです。あの、大きなおねえさんが、いえ、おかあさんが、妹たちを生み出していくのです。
薔薇は、甘い香りを放っています。五月の緑は、透明に輝いています。すべてのものが、生き返る季節。すべてのものが、始まる季節。わたしはずっと、この季節を迎えたかったような気がします。初めて迎えて、もう二度と迎えることのない五月という月なのに、どうしてだか、とても懐かしくて仕方がないのです。どうしてだか、焦がれるような憧れの熱が止まらないのです。それはもしかしたら、わたしの中に受け継がれる、たくさんのおねえさんたちの記憶であり、想いであったのかもしれません。
そう、五月の気持ちのいい、お天気のいい日には、薔薇の咲く公園に行くのが好きでした。わたしは、薔薇がとても好きだったのですから。わたしは最後に、薔薇の園を見回しました。ありがとう、と心の中でつぶやきました。
さあ、おうちに帰りましょう。わたしは、集めた蜜と花粉を確認して、薔薇の上でくるりと回りました。そして、乾いた翅をひろげて、五月の空へ飛び立ちました。
(チャイコフスキー作曲「花のワルツ」)
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