第七話 七つのヴェイル


 さあ、お前、よおくその顔を見せてごらん。その顔に刻まれた印を見せてごらん。お前が生まれて、そして命を絶ったその訳を、あたしに聞かせてごらん。



 あたしに隠し事をおしでないよ。あたしは、ここからずっと眺めていたんだ。お前が何に心を惹かれ、何に心を捧げたかを、あたしはよおく知っているよ。



 おまえは大いなる存在に心を捧げた。それは、お前の中に巣喰う影から逃げ出そうとしたからだろう。内に抱えるお前の影を、闇を、病みを、切り離して逃げようとしたからだ。



 お前はどうして、あの小さな娘をあんなに怯えたのだい。あんなにちっぽけな、痩せぎすの小娘を、どうしてあんなにも拒んだのだい。正しい道とやらに導いていくのが、お前の役目ではなかったのかい。



 あの娘が踊った時だって、お前は耳を澄ませていたのだろう。井戸の底から、あの娘の衣擦れに、足音に、息づかいに。ああ、あたしの声に耳を塞ぐのではないよ。あたしはただ、眺めていたことをそのまま、そのままお前に告げているだけなのだから。



 お前は、自分がすっかり浄められた存在になったと思っていたのかい。ちがう、ちがうんだよ。その肉の体を持っている限り、お前たちは自分の内なる光と影の満ち引きからは逃れる事なぞ出来ないんだよ。肉の体を纏っている限り、光だけにもなれないし、影だけにもなれはしないんだよ。折り合いをつけてやっていくしかないんだよ。



 あの娘を、あんなに怯えたのは、お前が丁寧に隠して、葬り去ったと思い込んでいた影を引っ張り出されるのが、恐ろしかったからなんだろう。幾重にもヴェイルで隠した、お前の黒い影を晒されるのが、怖かったんだろう。あの娘に、惹かれていく自分が恐ろしかったのだろう。



 だから、お前は自分に罰を与えようとしたんだねえ。お前の考えようとしたことなんざ、あたしにはお見通しだよ。でも、見てご覧、あれがお前の判断の顛末だ。



 ほおら、あの娘を見てご覧。あんなにも愛おしそうに、お前の首を抱いている。あんなにも愛おしそうに、お前の唇を吸っている。目を塞ぐんじゃないよ、お前はそれを望んでいたのだろう。



 それから、どうなるかって? あの娘はどうなるかって? お前なら分かっているだろう。正しい道を説いてきたお前なら。あの娘がどんな道筋を歩んでいくか、分かっているだろう。



 そうかい、待つのかい。あの娘を待ってやるのかい。なんだって? 私の心のヴェイルは全て引き剥がされた、だって? いいじゃないか。裸の心って奴で、待っていてやればいいじゃないか。どれだけ時間がかかっても。お前はもう、その心を決めたのだろうから。此処で、この場所で、待っていておやりよ。






(R.シュトラウス作曲:《サロメ》より「七つのヴェールの踊り」)






幻想音楽奇譚

名曲の調べと共にお届けする、不思議な物語。

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