第拾四話 海を見ながら
初詣に行った帰り、熱い甘酒を手袋をした手で包みながら、私は近くの海に行きました。境内を通る時には、名前はわからないけれど、お正月になるといつも聴く琴と尺八のあの曲が流れていました。
海に行くと、私はいつもじいちゃんを思い出します。漁師だったじいちゃんはとても真面目な人で、休みの日も網を繕ったり、いつも仕事のことで頭がいっぱいだったと、ばあちゃんは笑います。
じいちゃんは、いつか海に出て行ったきり、今も戻ってきていません。なので、海に来ると、じいちゃんに会えるような気がしてしまいます。小学生の頃からの習慣は、高校生になった今も変わっていません。
来年は、私も高3になります。将来のことを決めないといけません。父さんや母さんは、地元で就職してほしいって思っているのが伝わってきます。でも、私は大学に行きたいのです。東京の大学に行って、自分の人生を切り開きたいのです。成績は悪い方ではありません。むしろ、いい方です。先生も、これなら推薦で行ける学校がいくつかあると言ってくれています。私は、その可能性に懸けてみたいのです。
じいちゃんだったら、こんな時、なんて言うんだろう、って思います。会えないとわかっていても、答えがほしくて、なにか言葉をかけてほしくて、海に来てしまいました。私は、海風に吹かれて少しぬるくなった甘酒をひと口飲みました。
そこに、肩をぽんと叩かれました。見上げると、黒く日に灼けた、ねじり鉢巻きのじいちゃんが立っていました。
「じいちゃん……」
「お前の好きなように、すりゃあええ」
そして、じいちゃんはひとつ頷き、大きく笑いました。
私は、思わず立ち上がりました。はずみで、甘酒が手から落ちました。砂の上に甘酒がこぼれてしまいました。後で、紙コップを拾えばいい、そう思って、じいちゃんの方を見ました。
じいちゃんは、もう、そこにはいませんでした。
砂の上に足跡を探しましたが、どこにも見つかりません。
でも、じいちゃんに叩かれた肩の感触は残っています。じいちゃんはいたんだ、と思います。
私は、紙コップを拾い上げました。海は、ただただ規則正しく、ざざん、ざざんと、寄せては返す波の運動を繰り返しています。私は、コートについた砂を払って、海をもう一度見つめました。じいちゃん、ありがとう。
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