第拾伍話 水の戯れ
気がついたら、あたしは浮かんでいた。飛んでいた。光のカーテンに包まれながら、上に行ったり、下に行ったりを繰り返しながら、漂っていた。息をすると、冷たい水が体の中に入ってくる。苦しくない。水の中から、自然と酸素を取り込めているのがわかる。
あたしは身をよじった。透明な体。水の流れに身を委ねながら、体を伸ばす。あたしは、どこに行くのだろう。どこから来たのだろう。わからない。思い出せない。ただ、今この瞬間に存在しているだけだ。
あたしはもっと上に行ってみたいと思った。あの光のさしてくる方向へ。けれど、思うようには動けない。もがけばもがくほど、水の流れは強くなる。あたしはあきらめて、再び水の流れに身を委ねる。あきらめた。なるように、なるがいい。
と、水の流れが変わった。銀色の光が回転している。イワシたちの群れだ。無数の魚の群れは回転し続けていて、まるでひとつの大きな生命体のようだ。もしも、呑まれたら、ひとたまりもない。逃げようか、という考えもちらりと浮かんだものの、身動きが取れないことは先程あがいてみたことでよくわかった。あたしは、運命を天に、そして水に委ね、ただ静かに時を待った。
けれど、あたしはイワシたちの群れの回転に弾き飛ばされるような形で、海面に向けて浮かび上がり始めた。予想もしなかった形で、あたしは浮かび始めた。
光は、輝きを増し続ける。瞬間、瞬間で景色が変わり続ける。なんて、美しいのだろう。
気がつけば、あたしは海面の近くまで来ていた。波間から洩れる光は揺れている。あたしは、腕を伸ばそうとした。
光に、世界は光に包まれている。
(ラヴェル作曲:水の戯れ)
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